コラール・カンタータ300年 実施編（６）
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| 何とかウィーンに到着して一日明けた18日は、夕方から演奏会場のドミニカーナー教会で前日練習があります。それまでの間は自由なので、皆さん観光や休憩などで思い思いに過ごします。その間に荷物を引き取りに奔走して頂いた添乗員さん、ありがとうございました。 芸術・文化の都として名高いウィーンは、「誰それが何々をしたところ」などを探していけばきりがありません。今回が3度目の訪問となる私達夫婦は、王宮やシェーンブルン宮殿や美術史美術館などの超有名ポイントはすでに行っているので今回はあえて省略しました。前年にモーツァルトの「レクイエム（オシュトリーガ版）」を演奏したことでもあり、それにちなんでヴォルフガングがウィーンで住んだところや関係するところをいくつか見て回りました。  投宿したホテル・ポストは、その名の通り中央郵便局の向かいにあります。全く意識せず予約した後でわかったのですが、昔は白牛亭という宿屋で、1762年10月に6歳のヴォルフガング、父レオポルト、姉ナンネルのモーツァルト一家が泊まったところ。初めてウィーンを訪問した時の最初の宿ということになります。ヴォルフガングがシェーンブルン宮殿で御前演奏し、マリア・テレジアの膝に飛び乗ったとかマリー・アントワネットに「お嫁さんにしてあげる」などと言ったというエピソードはその時のことで、神童として華々しいウィーンデビューを飾りました。その後建物は建て替えられていますが、後世にはショパンやリストやワーグナーも宿泊したとのこと。いきなりこの宿ということで、気分は盛り上がります。  街の中心のシュテファン大聖堂からグラーベンを通り、そのままナグラーガッセを北に抜けたところにアム・ホーフ広場があります。ここに、ヴォルフガングが御前演奏に先立ちウィーンでの最初の公開演奏を行ったコラルト伯爵邸があります。1671年に作られ、1715年と1725年に改修された建物で、内部は公開されていません。演奏会は一家がウィーンに到着してからわずか３日後、1762年10月9日のことです。 その後パリやロンドンやミュンヘンやイタリア各地への大旅行を経て、1781年にはいよいよヴォルフガングはウィーンへの移住を決意することになります。その頃のヴォルフガングは公式の立場としてはザルツブルク宮廷楽師でしたが、ザルツブルク大司教コロレドの命令で侍従アルコ伯爵と一緒にウィーンを訪問している間に伯爵に辞職願を提出します。この時に滞在していたのはシュテファン大聖堂から南に1ブロックほど歩いたジンガー通りにあるドイツ騎士団の家（ドイチェスハウス）で、辞職願を却下して思いとどまるよう説得しようとした伯爵の言うことにも聞く耳を持たず、最後には切れてしまった伯爵に蹴りを入れられて追い出されたというのもこの館での出来事です。  ドイチェスハウスにいられなくなったヴォルフガングは、ペータース教会のすぐ裏手にある神の目館という建物に1781年5月から寄宿します。ここはマンハイムで知り合ったヴェーバー家が引っ越してきていた館で、入口の上に神の目を象った石のレリーフがあります。かつて恋心を抱いた相手のアロイージアはすでに他家に嫁いでいましたが、ヴォルフガングはその妹のコンスタンツェと恋仲になり、やがて結婚することになります。ご承知のように父レオポルトはこの結婚に猛反対し、ヴォルフガングにこの家から出て行くように求め、結局4か月でここを退去してグラーベンに引っ越していきました。 この建物は当時の状態ではないようですが、ここで「後宮からの誘拐が作曲された」というプレートがかかっていました。  アム・ホーフから少し北に歩いたところのこの妙な看板の近くには、2回目のウィーン旅行（1767〜68）時に滞在して「孤児院ミサ」を作曲したグリュンヴァルト館という宿屋があります。ここはその後そう間を置かずに地下のワインセラーの名前をかぶせて「赤い剣の家」と名前が変わっていますが、父の反対を押し切って1782年に結婚したコンスタンツェとこの館で新婚生活を始めることになります。その頃に、ベルリン駐在から戻って帝国図書館の館長に就任していたヴァン・スヴィーテン男爵の知己を得て、バッハやヘンデルの作品の研究や演奏などの依頼の他経済的にもいろいろと支援してもらえることになりました。この館は19世紀の終わりに建て替えられ、第二次大戦の空襲でも完全に破壊されて、現在は新築のビルになって薬品や医療機器の販売代理店が入居しておりこれも非公開。看板に目を奪われて建物は素通りしてしまいました。  ウィーンに定住してからのヴォルフガングは、結局10年の間に13回も引越を繰り返していますが、実際に住んだ建物がほぼその当時のまま残っていることはありません。ただ一軒、シュテファン大聖堂の裏手のドームガッセを入ったところにあるモーツァルトハウスだけは例外で、特に良く保存・整備されてモーツァルト博物館として運営されています。ヴォルフガングがこの家に住んだのは1784年から87年までの3年弱で、ウィーンでは最も長く住んだ場所です。この頃は生涯における創作活動の頂点であり、オペラ「フィガロの結婚」がここで書かれたことから以前はフィガロハウスと呼ばれていたのですが、モーツァルト生誕250周年に合わせて大改装され250回目の誕生日となる2006年1月27日にリニューアルオープンしました。もともとは宮廷漆喰師アルベルト・カメジーナの住居で特に内装が凝っていて、当時はカメジーナハウスと呼ばれていました。 モーツァルト一家が入居していたのは２階部分ですが、現在では全６フロアを使ってモーツァルトの生涯や作品や当時の暮らしぶりやヴォルフガングがはまったと思われるビリヤード台など盛りだくさんの展示があり、ギフトショップやカフェやイベントスペースも設けられています。 モーツァルトの仕事場とされる部屋も復元されており、この家で書かれた作品はフィガロの他にピアノ協奏曲の第18〜25番まで、交響曲第38番「プラハ」、後期の弦楽四重奏曲やピアノソナタなど名曲が目白押しです。このうち「プラハ」と協奏曲第20番は次のバッハ・アカデミーの「ネルソン・ミサ演奏会」の演目でもあり感慨もひとしおです。 またここに引っ越してすぐにフリーメイスンに入会していて、メイスンのためのカンタータや葬送音楽もここで書かれています。また、1787年にはボンから青年ベートーヴェンがウィーンを訪れており、確証は無いもののその時にここが二人の初顔合わせとなったとも言われています。 カメジーナハウスを引き払って、お金に困ったのか郊外の家賃の安いところを含む何軒かを転々としたあと1789年初めにユーデンプラッツの聖母館に移ってきたヴォルフガングは、ここで「コシ・ファン・トゥッテ」やクラリネット五重奏曲などを作曲、ヘンデルの「メサイア」HWV56や「アレクサンダーの饗宴」HWV75などのドイツ語版編曲などをこなしています。そして、いよいよ1790年秋に、最期を迎えることになるクライネカイザーハウスに移りました。  その年の2月に皇帝ヨーゼフ2世が崩御し、翌月には次の皇帝レオポルト2世が即位して、9月にはその戴冠式がフランクフルトで行われるという大きなイベントがあったのですが、その時には楽長サリエリを初め宮廷音楽家達も式典のために同行していました。しかしモーツァルトには声がかからず、何とか食い込もうと引越しを妻コンスタンツェに任せ自分は自費でフランクフルトに旅行しますが何も成果は無く、11月なかばに手ぶらで戻ってきます。翌12月にはロンドンに出発するハイドンを見送り、人生の先達の健康を心配しますが、それからわずか1年で自分が先に生を終えることになります。 この家はその後1849年に取り壊されてしまい、現在では普通のデパートになっています。店の入口はメインストリートのケルントナー通り側ですが、最期の家は裏通りになるラウエンシュタインガッセに面していました。 ここでも痕跡は入口（裏通り側）のプレートと店内にある展示スペースのみです。 展示の中に、当時の館のイメージと今のデパートが一緒に描かれているパネル（写真右）がありました。 この家では、悪化していく体調と裏腹に、魔笛やクラリネット協奏曲、未完に終わったレクイエムなど、モーツァルトの最後の力を振り絞ったかのような至高の作品が生み出されていきました。灰色の服を着た使者がここを訪れ、レクイエムの作曲を依頼して前金を置いて帰ったのは、1791年７月のことです。９月に魔笛の初演を終え、11月にフリーメイスンのロッジ移転のための祝典カンタータ（K.623 自作品目録に自分で記入した最後の作品）を指揮して、その後すぐに寝込んでしまったモーツァルトは、そのまま12月5日に還らぬ人となりました。  葬儀はシュテファン大聖堂で行われましたが、記念プレートがあるのは教会の外から入る十字架像礼拝堂(Kruzifixkapelle）の方です。内部にも十字架礼拝堂（Kreuzkapelle)があり、実際にどちらで葬儀が行われたのかは両論あります。Kruzifixは十字架上で磔にされているイエスの像、Kreuzとは普通に十字架そのものを指す名詞で、紛らわしいですがミサ曲や受難曲を歌う合唱団員なら区別したいところ。いろいろなサイトで混同や混乱が見られるのでご注意を。十字架像礼拝堂はケルントナー通りから見えてくる南側（高い尖塔がある方）でなく反対側（低いドーム型の屋根のある方）にあり、周辺は工事の足場で雑然としていたのと最初の訪問で堪能したので今回はパスしました。葬儀の後はカタコンベに留め置かれ、誰も付き添いの無いまま聖マルクス墓地で埋葬された遺体は結局場所不明のままになったことはご存じの通りです。  モーツァルトだけでなくハイドン、ベートーヴェン、シューベルト、ブラームス、ブルックナーと続いていく大作曲家達の系譜とは別に、ウィーンでは意外な人物も足跡をとどめています。イタリアの作曲家・司祭でヴェネツィアで活躍したヴァイオリンの大家、バッハも作曲のお手本としたアントニオ・ヴィヴァルディ（1678〜1741）は、晩年ピエタの職を辞して1740年ウィーンに赴き、自作のオペラの興業を企画しますが、神聖ローマ皇帝カール６世の崩御と娘のマリア・テレジアの後継をめぐって起こったオーストリア継承戦争の混乱に巻き込まれ、興業は中止となって大きな損失を被りました。結局ウィーンでの旗揚げができないまま翌1741年に亡くなり、ケルントナー門の外にあったビュルガーシュピタール・ゴッテスアッカー救貧院附属の墓地に葬られています。その後この土地は整理されて墓地は無くなり、1807年に最後の区画整理と競売の記録があります。この場所には現在ではウィーン工科大学が建っていて、壁にプレートが掛かっているのが唯一の痕跡です。  場所はカールス教会の隣で、同じ建物に「ヨハネス・ブラームスが、1872年から亡くなる97年までここに住んだ」というプレートもありました。この時点では既に墓地は無く普通の住宅だったと思われます。ブラームスは1871年からウィーンに住むことになりますが、最初からここの家だったという記述もあります。引越し魔のモーツァルトやベートーヴェンとは違って一カ所に居つく人だったようです。位置関係により必ずしもこの順番で回ったのではないですがモーツァルト詣でも一通り終わらせ、夕方からは明日のコンサートに備えて最後の合わせです。宿で一休みして、すぐ近くの演奏会場のドミニカーナ教会に向かいます。 |
| 最終更新 2025.2.23 |
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